文鮮明先生自叙伝


 「私は、たった三文字にすぎないこの名前を言うだけでも世の中がざわざわと騒ぎだす、問題の人物です」と自ら語る統一教会創始者の文鮮明(ムンソンミョン)師が、生涯初となる自叙伝『平和を愛する世界人として』を韓国・金寧(キムヨン)社より刊行したのが2009年3月のことです。

第1章 ご飯が愛である −幼少時代−

第2章 涙で満たした心の川 −神の召命と艱難

第3章 世界で最も中傷を浴びた人 −教会創立と受難

第4章 私たちの舞台が世界である理由 −アメリカへの雄飛

第5章 真の家庭が真の人間を完成する −結婚と愛

第6章 愛は統一を導く −冷戦終焉・宗教融和

第7章 韓国の未来、世界の未来 −理想郷に向かって

自叙伝紹介動画(1分)/日本語版

自叙伝紹介動画(10分39秒)/韓国語版


 本書は序文と本編全7章から成り、前半部では、日本の植民統治下で過ごした幼少期の出来事からはじまって、満15歳で神の召命を受けて人類救済の道を志したこと、真理のみ言(ことば)を探究しつつ人格完成のために世の中の底辺を訪ね歩いたこと、戦時中の東京留学、帰国してからの最初の結婚、そして日本の警察による投獄と、時系列に沿って一つ一つの体験が印象的なエピソードとともに綴られていきます。

 

 終戦直後、朝鮮半島北部の共産党支配を逃れて大勢の人が南へと避難する中、文師は逆に北に入っていきます。平壌での布教によって師の周りに多くのクリスチャンが集まるようになりますが、迫害も激しくなります。ついには共産政権の手で興南(フンナム)の強制収容所に送られ、そこで約2年半、死と隣り合わせの獄中生活を余儀なくされます。

 

 1950年、朝鮮戦争が勃発(ぼっぱつ)し北上する国連軍の手で奇跡的に解放されると、半島南部の釜山に下って再び布教を開始し、1954年、ソウルに統一教会を創立。この時から統一教会は韓国全土に広がっていくわけですが、迫害と試練は絶えずつきまとい、梨花(イファ)女子大事件のように国民的な関心事となる事件にも巻き込まれました。

 

 以上が第三章までで、第四章は日本および世界各国への宣教師派遣と、特にアメリカでの華々しい精神復興運動について述べています。連邦議会に招かれての講演やワシントン記念塔広場での30万人集会などを通じて、アメリカ人の心に「サン・ミョン・ムーン(Sun Myung Moon)」の名前が刻み込まれました。

 

 1980年代には、宗教の自由が保障されたはずのこのアメリカで、脱税の嫌疑を受けて生涯六度目となる刑務所生活を経験しますが、これを機に米宗教界が一致して文師支援に立ち上がり、宗教一致運動の輪が大きく広がっていきます。

 

 第五章は、韓鶴子(ハンハクチャ)夫人との出会いと結婚について。「人類の真(まこと)の母」となるために、言うに言えない苦労を重ねなければならなかったご夫人の足跡を辿り、愛息の犠牲の死にも触れながら、「真の愛とは何か」「結婚の真の意味は何か」という深遠なテーマに分け入っていきます。真の愛には怨みや憎しみを溶かす力がありますが、その一例として韓国に嫁いだ日本人女性の実話を取り上げています。

 

 後半の第六章では、まずイエス様の十字架上の死の意味を解明し、キリスト教・ユダヤ教・イスラームの和解のための活動を紹介。次に、長らく共産革命の震源地であった旧ソ連のゴルバチョフ大統領や北朝鮮の故金日成主席と抱擁して、世界をあっと言わせた事件について振り返ります。

 

 最後の第七章は、宗教の意義を強調しつつ、宗教・宗派は相互の壁を壊して一つにならなければならないとし、その上で、人類救済と世界平和のために文師が進めている主なプロジェクトを紹介し、理想世界実現に向けた壮大な夢を語ります。

 

 韓国出版マーケティング研究所の韓淇皓(ハンギホ)所長は、「世界でビジョンを切り開いていくためには、これくらいの眼力を持ったリーダーが確かに必要である、と思うようになるだろう」と賛辞を送っています。

 

 本書は人類救済に向けた文鮮明師の苦闘の記録であると同時に、その折々に文師が何を考え、何を悩んだかの記録でもあります。また、世界を平和の理想郷にするための文師のビジョンと哲学が凝縮された書ともいえるでしょう。

第一章 幼少時代

第五章 結婚と愛

第二章 神の召命と艱難

第六章 冷戦終結・宗教融和

第三章 教会創立と受難

第七章 理想郷へ向かって

第四章 アメリカへ飛雄